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産油国の奴隷労働


イラン イラク戦争で疲弊したイラクはクエートから

400億ドルほど金を借りた。

期日がきてもイラクは 借金漬けで返せない。


1990年頃 クエートの首相はイラクのバグダッドに

乗り込み強く返済を督促イラクのフセインは逆切れして

喧嘩別れになった。


フセインは同じスンニ派のクエートをシーア派のイランから

守ってやったのだから400億ドルは帳消しにしろと主張した。

逆に更にあと200億ドル出せと迫った。

この様な経緯の後、イラクがクエートに侵攻 1週間で全土を

占領した。


これを契機として アメリカを中心とする国連軍がクエート防衛に

立ち上がりイラク戦争が始まった。


クエートで3流市民として こき使われていた多くの外国人労働者は

侵攻してきたイラクの味方をした。


元々 怠け者のクエート人は石油マネーをカサにきて外国人労働者を

奴隷の様に扱っていたので当然のリベンジでした。


しかし 国連軍が勝利するとすさまじい報復が始まり多くの外国人が

殺され、国外に逃亡しました。


再び 外国人労働者の奴隷の生活が始まり、現在に至っています。

サッカーワールドカップの施設建設でもその非人道的な労働環境が問題に

なりましたが 何ら改善されず、先進国はその状態を 現在も

見て見ぬふりをしています。

中近東の産油国はどこも同じです。

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